いも虫の映画レビュー

映画を観ることが趣味ないも虫が、思った事や考えたことをレビューしていきます

『ぼくのエリ』を徹底レビュー! 生きるとは何かを問いかける繊細かつ大胆な映画

記念すべき第1回は、『僕のエリ 200歳の少女』のレビューをしていきます。

スウェーデン映画らしく、綺麗な映像と重いテーマが特徴です。

原作は、ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィストの『モールス』です。そして映画の原題は『正しきものを招き入れよ』です。

「生きるためには、他人を殺しても構わない」一方で、「生きるためには誰かに受け入れられなければならない」という矛盾した感情を表現することに成功した、とても素晴らしい作品でした。

 

あらすじ

いじめられっこのオスカーの隣の家にエリが引っ越してきた。友達のいないオスカーは次第に彼女に惹かれていく。

一方で、街には不可解な殺人事件が相次いでゆく。なんと、エリはヴァンパイアだったのだ。永遠に12歳のままのエリは、愛人とともに旅をし続けその先々で人を襲う。

オスカーがその正体を知った時、エリとの恋は終わったかに思われた。しかし、オスカーに困難が訪れたとき、エリは彼を守るため戻ってくる。

評価・影響

2008年に公開され、トライベッカ映画祭グランプリなど世界で60の賞を獲得しました。監督のトーマス・アルフレッドソンはこの作品によって世界的に認知されるようになりました。また、この作品をハリウッドがリメイクした『Let Me In(邦題: モールス)』が2010年に公開されています。しかし、一般的には『ぼくのエリ』の方が高く評価されています。

他にも、僕のエリを元にした作品としてチェンソーマンなどで有名な藤本タツキの『さよなら絵梨』があります。

基本的な確認事項

主な登場人物

オスカー・・・主人公。いじめられっ子。殺人事件などの記事をスクラップにしている。

エリ・・・ヴァンパイア。永遠の12歳。人間から血を飲んで、各地を旅をしている。

エリのパパ・・・本当のパパではない。エリの元愛人。エリのために人間を殺して血を集めている。最近は年をとって、血を集めるのにも苦労するようになっている。

ヴァンパイアとは

ヴァンパイアは、日本語では吸血鬼ですよね。その名の通り、この映画でもエリは血をエネルギー源にしています。その他、特徴的な設定がいくつかありました。

一つ目は、「招かれなければ建物に入れない」ということ。どんな時も「入って良いよ」という風に招かれないと建物に入ることができません。オスカーが意地悪をして家に招かなかったときは血が噴き出して可哀そうでした。

二つ目は、「猫に嫌われる」ということ。どういう訳か分かりませんが、ヴァンパイアは猫に襲われてしまいます。

そして三つ目は、「永遠の12歳」であること。ヴァンパイアであるエリは、これまでとんでもなく長い人生を生きていることが作中で明かされています。そして、どんな時もエリの横には愛人がいて、エリのために血を供給してきました。

四つ目は、「ヴァンパイアは人間離れした身体能力を持つ」ということです。作中ではエリが、壁をよじ登ったりとアクロバットな動きを見せていました。

五つ目は、「ヴァンパイアに噛まれた人は、死なない限りヴァンパイアになってしまう

」ということです。作中でエリに血を吸われた人は二人いますが、片方は死ななかったため、ヴァンパイアになってしまいます。

六つ目は、「太陽に当たると死んでしまう」ということです。エリは、必ず夜中に行動し、昼間はバスタブで寝ています。そして、エリの家は光が入らないよう窓がふさがれています。また、エリにヴァンパイアにされた人は、太陽に当たって死んでしまいます。

七つ目ですが、「性別がない」ということです。エリは実は元男の子で、去勢されているのでした。日本版ではなかなか気付きにくいところなので、この後詳しく説明していきたいと思います。

ストーリーを詳しく追いながら考察

映画を詳しく観ていくと、全部で12日間のストーリーであることが分かります。一日ごとに追いながら、詳しく内容を見ていきたいと思います。

1日目

主人公オスカーがパンツ一丁で、「豚のマネしろよ。鳴け」というシーンから始まります。主人公は学校でいじめられており、実際にオスカーが言われている言葉なのではないかと考えられます。

この映画のテーマが、「オスカーがいじめを克服すること」であることが分かります。

エリのパパとエリがオスカーの隣の家に引っ越してきます。エリは到着するとさっさとマンションの中へ入ってしまい、エリのパパがせっせと荷物を運んでいました。
ラッケというおじさんが立ちションをしながらこれを目撃しました。

2日目

学校で警察が来て講義をする授業がありました。そこで、オスカーは当てられて、火事の事件について即答します。オスカーは殺人事件の記事をスクラップにするという危ない趣味を持っているので、当然この火事の事件についても知っていたのでした。普段いじめられているオスカーは、心の中で強気になるために人の殺し方を勉強するという痛い少年だということがわかります。

場面は変わって、エリのパパが家で漏斗とポリタンクを洗っています。人間を襲って血抜きをするということが分かります。

エリのパパは夜の林の中で通りがかりの人を襲って血抜きをします。しかし、そこへ散歩中の犬がやってきてしまい吠えられてしまいます。焦ったエリのパパは、その場から立ち去るも血の入ったポリタンクを忘れてしまいます。エリのパパは、年を取ってミスするようになり、血を集めるという役割を果たせなくなってきているのでした。

一方その時、オスカーはナイフを持って中庭へ出て、木に向かって突き刺して、いじめられた鬱憤を晴らしていました。そして振り返るとエリが立ってました。オスカーはエリに一目惚れします。

場面は変わり、エリのパパは血の入ったポリタンクを忘れてきたことをエリに怒られました。

オスカーは、近所で殺人事件が起きたことで、お母さんから帰宅後は外出しないように言われます。

3日目

茶店でエリのパパはラッケにご近所の集まりに誘われるも無視します。

夜、エリが気になっているオスカーは、普段は夢中になっているテレビを観ずにマンションの中庭へ出ます。

オスカーには、エリの気を引くための秘密道具、ルービックキューブを持ってきています。すると、狙い通りエリが来てオスカーに話しかけました。しかし、そこは中学生なので、話しかけられても興味のないそぶりをして、ルービックキューブをいじります。そして狙い通りルービックキューブでエリの興味を引くことに成功するのでした。

オスカーはエリに、「君臭うよ」と言います。

オスカーはエリにルービックキューブを渡して、また次に会う口実を作るのでした。

深夜、ご近所の集まりで飲んでいたヨッケがエリに襲われて殺されます。エリは、エリのパパが昨晩失敗したせいで我慢の限界だったのでした。
しかし、この場面を猫好きのイェースタが家のベランダから目撃します。
イェースタは近所の人に伝えますが、みんなで確認しにきた頃には死体はエリのパパに運ばれた後でした。エリのパパは死体を湖氷の下に棒を使って隠しました。

4日目

朝、オスカーがジャングルジムに行くと、色の揃えられたルービックキューブが置いてあります。
一方、エリはバスタブの中で眠っています。棺桶に近い形状が落ち着くのかも知れません。

オスカーは壁越しにエリとこっそり会話するため、学校でモールス信号をメモします。
その学校の帰り、いつものいじめっ子に襲われました。
その夜、オスカーはエリにやられたらやり返すように言われます。一方で、エリのパパはオスカーと仲良くするエリにモヤモヤしていました。
実はエリのパパはエリの愛人だったのでした。

5日目

オスカーはエリに言われた通り、いじめっ子にやり返すために体育の先生に特別練習を頼みました。

その夜、オスカーはエリとデートをすることに成功します。オスカーはエリにキャンディーを上げるのですが、エリはそれを吐き出してしまいます。エリはヴァンパイアなので、血以外の物を食べることはできないのでした。それを見たオスカーはエリを抱きしめます。

エリはオスカーに女の子じゃないと告白します。これは、吸血鬼だからという意味とも去勢した男の娘という意味にもとることができます。

6日目

オスカーは別居中のパパに会いに行きました。パパはかなりイケメンです。

その一方、エリのパパは、新しい獲物(人間)を狩るための準備をしています。そして、エリに「今夜はあの少年に会わないでくれ」と伝えるのでした。

エリのパパは、部活終わりの学生を狙うのですが失敗してしまい、どうにもならない状況に追い込まれてしまいます。追い詰められたエリのパパは、酸で自分の顔を溶かすのでした。

その一方、エリは壁越しにモールス信号を打ちますが、オスカーはパパの所にいるので返事が返ってきません。

7日目

オスカーは先生の特訓が終わり更衣室に戻ると、自分のズボンがトイレの便器に入れられているのを発見します。オスカーはズボンを履かずに下校するのでした。

一方、エリはニュースでエリのパパが捕まって病院にいることを知ります。エリは病院へ行き、受付の人にエリパパの居る階を聞きます。そして壁を這い登り、エリのパパの部屋に窓から侵入しました。エリのパパはエリに自分の血を吸わせた後、病室から落下して死にました。エリに血を吸われるとヴァンパイアになってしまうので、即死しなければならないのです。年をとって満足に役目を果たせなくなった自分には、自分の血をエリに与えることしかできないということでしょう。

エリは新しい愛人であるオスカーの所へ行き、窓から入ってオスカーと一緒に寝ます。エリはオスカーに付き合うか聞かれ、悲しそうな顔をします。もしオスカーが自分がヴァンパイアだと知ったら嫌いになるかもしれないし、そうでなければオスカーを不幸にしてしまう。エリはオスカーを好きになっているので、悲しい結末しか待っていないのです。

8日目

朝になるとエリは消えていて、置きメッセージがあります。この場面では内容が分からないですが、後々「ここを去って生き延びるか、留まって死を迎えるか」と書いてあったことがわかります。

湖の上でのスケートの授業の場面になります。オスカーはそこで、エリのパパが死体を沈めるのに使った棒を発見しました。これは、エリの相棒がオスカーに移ることの暗示だと考えられます。そして、オスカーは、いじめっ子を棒で殴りました。
その一方、他の生徒が湖の氷の下の死体を発見しました。

その夜、エリは水泳を練習するオスカーの元へ迎えに行きます。かなり顔色が悪く、血が足りていないことがわかります。

エリと一緒に帰ったオスカーは秘密の部屋にエリを招待し、エリに、いじめっ子にやり返したことを報告します。そして、オスカーは手のひらをナイフで切り、エリと血の契りをしようと言い出します。

しかし、滴る血を見たエリは、血が足りてないこともあってか、我を忘れて床をなめ始めます。

エリがオスカーを見上げる顔が、カットの前と後で変わっています。カットの前では、動物的な顔をしていますが、カットの後では普段のエリに戻っています。我を忘れていたエリが、少し理性を取り戻したということを表しているのではないでしょうか。そのまま、エリは走って木に登り逃げてしまいます。この時のエリは、また我を忘れた顔をしていました。

一方、ラッケ達は、イェースタの家に集まり死んだヨッケについて話しています。そこで、ラッケと愛人は喧嘩をしてしまい、愛人は部屋を飛び出してしまいます。ラッケは追いかけますが、愛人は上から飛びかかってきたエリに血を吸われてしまいます。ラッケは慌ててエリをどかしますが、愛人は吸血鬼になってしまうのでした。

9日目

オスカーは自分の居場所を求めてパパの家を訪れます。今まではエリがいましたが、本性はよくわからない怖い人だったからです。しかし、オスカーがパパと楽しそうにゲームをしていたところにパパの友人がお酒を飲みに来ました。オスカーのパパは酒癖が悪いせいで別居していたのでした。オスカーは自分の居場所がどこにもないことを感じ、エリの「ここを去って生き延びるか、留まって死を迎えるか」という置きメッセージを見て、エリの家に行くためパパの家を一人で出ます。

一方、ラッケの愛人はイェースタの家を訪れると猫に襲われ、病院に搬送されます。すでにヴァンパイアになってしまったからでした。

オスカーはこっそりマンションに帰ります。ママは、近所で殺人事件が起こっていたので、学校以外の外出を認めていないからです。ママはオスカーがパパの家に行ったことも知らないのでした。帰ったオスカーはエリの家に行き、ヴァンパイアであることを告げられます。

そして、原子炉が買える金の卵を見せられます。これが何かは明かされていません。しかし、中にはこれまでの愛人から貰った指輪が沢山入っているのでした。この時に、ヴァンパイアの特徴をエリから教わったと考えられます。オスカーはエリの秘密を知り、エリのことを軽蔑したような態度をとります。

家に帰ったオスカーは、ママと楽しそうに歯磨きをします。

10日目

ラッケの愛人が日光を浴びて自殺します。

一方、オスカーの家にはエリが尋ねてきました。オスカーは相変わらず軽蔑した態度をとり、「入っていい」と言わないという意地悪をします。エリは構わず家に入り、目や耳や口から血を流します。それを見て耐えきれなくなったオスカーはエリを受け入れるのでした。

オスカーが、エリに何者か聞くと、エリは「オスカーと同じ」だと答えます。
以下会話です。

オ「でも人は殺さない」
エ「だけど殺したいと思ってるでしょ。相手を殺してでも生き残りたい」
オ「うん」
エ「それが生きるってこと。私を受け入れて」

オスカーが目をつむります。すると、エリの顔が一瞬シワシワのおばあちゃんになるのでした。

エリはこれまで何人も殺し、自分に恋する男たちを何人も不幸にしてきました。しかし、それはエリが生きるために仕方のないことでした。そういうエリの人生にオスカーが思いめぐらしたという描写だと思われます。

オスカーはエリにお風呂を貸します。そして、着替えの時覗きをして、エリに性器がないことに気が付きます。

オスカーは夜、お母さんがしっかり寝ていることを確認して、エリの家に行きます。

11日目

オスカーはエリの家で目覚めます。エリは、「バスルームにいるから開けないで。今夜会える?大好きだよ。エリ」と置きメッセージを残していました。

ヨッケと愛人を殺され復讐を誓ったラッケは、最近引っ貸してきたエリが怪しいと思い、エリの家にやってきました。そして、ラッケはバスルームに侵入し、寝ているエリを発見します。

ラッケは窓を塞いでいるダンボールを剥がそうとしたところ、隠れていたオスカーが後ろから叫ぶことでエリが目覚めます。エリはラッケに襲いかかって殺してしまいます。

口に血が滴るエリはオスカーにキスをし、オスカーの口に血が付きました。しかし、カットが変わるとオスカーの口には血が付いていないのでした。

つまり、エリはオスカーにキスをしたかったが、そうするとこれまでの男たちと同様にオスカーを不幸にしてしまうので、オスカーと別れることを決断したという描写だと考えられます。

オスカーが家に帰ると、家を抜け出したことをお母さんが激怒します。そして、エリはここに居られないと引っ越してしまうのでした。

12日目

しかし、その日オスカーはいじめっ子グループの子にトレーニングに誘われます。絶望していたオスカーにとっては、初めて友達ができるかもしれないという新しい希望なのでした。しかし、そこへいじめっ子グループとそのうちの一人の兄がやってきます。プールへ誘ったのは、湖での復讐をするための罠だったのでした。いじめっ子の兄は3分間潜れれば許すが潜れなければ目を抉り出すと脅します。

オスカーは頭を沈められて潜ります。しばらくするとオスカーは引っ張りあげられ、そこにはエリがいました。水上に出るとあたりは血まみれになっており、唯一顔を塞いでいた子供だけが生き残っているのでした。

そして、オスカーはエリと共に旅をします。

この映画は何を伝えたいのか

この映画の大きなテーマは、「生きるためなら、他人を殺してもあるいは不幸にしても構わない。自分を殺すくらいなら他人を殺した方がましだ」ということになると思います。

エリはヴァンパイアとして、何百年も人間を殺し何人もの男を不幸にしてきたのでした。そしてエリは、どうにもならないさみしさを抱えています。

小説版では、エリがなぜ去勢させられたのか、なぜヴァンパイアになったのか書かれています。中世では、カストラートというものが行われていました。カストラートとは思春期前の男児を去勢することにより男性ホルモンの分泌を抑制して、声変わりをなくし、ボーイ・ソプラノ時の声質や音域をできうる限り持続させようとしたものです。もともとは教会がボーイソプラノを残す目的で行われていましたが、次第に貧困層の家庭で口減らしのために、男児を去勢し小児性愛者に売り渡すことが行われていたそうです。

エリは200年前に去勢され売られた少年でした。映画でエリの下腹部にモザイクが入っていたのは去勢手術の跡です。ちなみにモザイクが入っているのは日本版で、本来はモザイクが入っていませんでした。エリは小児性愛者と暮らし、性の対象となる代わりに血液を集めさせ生き続けてきたのです。

この映画では、「男に付け入る狡猾なエリ」と「寂しさを抱える女の子としてのエリ」が混在しています。でもこれは、世の中の一部の女の子にはかなり当てはまることです。ヴァンパイアという非現実的なモチーフを使いながら、とても現実的な社会を映し出しています。「生きるためには他人を殺しても構わない」というのは、当然許されないことです。しかし、それは本人にはそうする他に道がなかったのだということを訴えています。一方で、この映画の原題は『正しきものを招き入れよ』です。この映画の最も特徴的で大事な鍵は、「ヴァンパイアは招かなければ建物に入ることができない」ということなのです。ヴァンパイアは誰かに受け入れて貰わなければ生きることができないのです。

オスカーはいじめられても自分をおし殺していました。そして彼には、自分を理解してくれる人はどこにもいないのでした。エリはオスカーにとって初めて自分を受け入れてくれる人です。そんな彼がいじめっ子を殺すということを責めることはできません。

いい映画とは

いい映画の条件は色々あると思いますが、私は矛盾を抱えているということは条件の一つなのではないかと思います。解決できない矛盾を突きつけられたとき、そのテーマはとても切実になって重くのしかかってきます。

視聴方法(2022/10/16現在)

アマゾンプライム(有料)

U-NEXT

Hulu

Watcha